ミュージカル「SMOKE」@芸劇シアターウエスト

2019.06.17 Monday 22:00

ミュージカル「SMOKE」@東京芸術劇場シアターウエスト
引きずりこまれてしまいました。ずっとSMOKEのことを考えたくて仕方ありません…

韓国の詩人・李箱(イ・サン)の作品と彼の人生を元にしたミュージカル。
初演の九劇版は観ていないので今回が初めての観劇でした。
観た人の心に余韻を残し、物語にはあれこれ考える余白があり、でも考えても考えても掴めそうで掴みきれない…
「中毒者が続出!」と謳われるのも納得でした。いろんな感想が読みたいです。



続きでネタバレ感想
思ったことを書き連ねただけなのでまとまらない感想になりました。


難解な作品と聞いていたので観る前に少し予習をしていきました。
モデルとなった李箱の詩を読んだり、初演の感想や稽古場レポートを読んだり、インタビューを読んだり…
と言っても 詩はよく分からないものが多かったし、登場人物の名前が <超(チョ)><海(ヘ)> <紅(ホン)>と
馴染みのない読み方だったせいかあまり頭に入ってこなくて(漢字一文字なのに……)
予習をしたもののやっぱりよく分からないままの観劇になりました。
でも観劇後思うと予習をして良かったです。特に詩は知っておいた方が良いです。


三角関係が繰り広げられているかと思ったら、たったひとりの中で起こっている話だった。
<海>が身代わりよろしく鏡の中から引っ張り出した存在が<超>、
喜びや悲しみや怒り、そういった“感情”や<海>が押し殺した“こころ” それが<紅>
そんな感じかなと解釈しました。
最初は<超>が本体なのかなと思っていたので途中で逆だと気付いてわ〜騙された〜!(?)となりました。

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お金持ちの令嬢である<紅>を誘拐する<超>と<海>。
ふたりの動機は海へ行くため。
海へ行ったら<超>は詩を書き、<海>は絵を描く。
<紅>はそれに必要な最後の切り札だと<超>は言う。
「海で佇む友人を描くんだ!」と話す<海>の目はキラキラと輝きとっても希望に満ち溢れていて
その姿を見ているとなんだか涙が出てしまいました。
「この誘拐が失敗したらどうするの?」という<海>の問いに <超>も<紅>も返事をしなかったのが
見ていてもどかしかったのですが、ふたりが答えなかったのは
そもそもお金貰わないし誘拐じゃないから<海>が心配する“失敗”はありえない ってのもあると思いますが、
<海>が<紅>の姿を見ている時点で半分成功しているようなものだから だったのかなあと思いました。
<紅>の“おはなし”を聞いている<海>の姿が、純粋で無邪気で可愛らしくちょっとほのぼのしましたが
あの“おはなし”は<海>と<紅>の話であって、それを思うとかなしいシーンでもありました。

藤岡さんの<海>は本当に可愛らしかった。
特にリアクションが可笑しくて思わず笑ってしまう場面もたくさんありました。
でも後半の姿は全然違って、鳥肌が立ちました。
石井さんの<超>はクールで強くてちょっと怖くて、でも物語が進むにつれ弱々しさや脆さが垣間見えるところが
ギャップを感じてグラっときました…
彩吹さんの<紅>はまさに赤い太陽で青い海な感じ。おおきな生命力や包容力を感じる反面、
なにもかもを操ってしまうような底知れなさも感じてちょっとゾッとする部分もありました。
あとどこかで「赤い動脈と青い動脈」というような歌詞があった気がするんですが
この作品中の赤と青って太陽と海の色だけでなく血管の色、つまり血か!と思うとしっくり来ました。
「血が通う」という言葉があるように、人間らしさを表すもの。つまり“こころ”。それが<紅>なんだなと。
名前が“紅”なのも血の色を意味している部分もあるのかな。
<超>は次元(というか空間?)を超える者。じゃあ<海>は生命の源、産み出す者?ダジャレじゃないです。

<海>のためを想い “希望”をもたせたい<紅>と“死”を選ばせたい<超>
<紅>に対して「そうやっていつも相手を追い詰めていたんだろう」と言い放つ<超>が好きでした。
“希望”を持つことは大事だけどそれが逃げ道を無くすことにもなるんですよね。
楽になるためには終わらせるしかない、と何度も拳銃を手にする<超>
それでもふたりで動きを合わせてこめかみに拳銃を当てたとき、表情がない<海>に対して
とても悲しそうな、苦しそうな表情をしていた<超>が印象的でした。あの顔で泣かされました。
<超>が<紅>を“誘拐”したのは何故だろうと考えていたのですが
<海>が肉体的な死を迎えるには、<紅>を戻す必要があったからかな?
と今ふと思いましたが このあたり劇中で説明されていたらすみません。

<海>と<超>が鏡のように向かい合って動きを合わせるシーン
このシーンの為だけにでもチケットを増やしたいと思うほど好きでした。
鏡、つまり現実と虚構の境界線を光で表現していたのがとても美しかった!
私の席からは、向かい合ったふたりを斜め横から見ることができたので これは素晴らしい角度だったのでは?!
と思いましたが多分どこから見ても同じことを言ったと思います。
でも鏡のようにするなら、<海>と<超>の外見はより近付けたほうが良いのでは?と少し思ったのですが
<海>のなかの苦しみや葛藤、その他もろもろ逃げたい部分を抽出して出来た存在が<超>、残った部分があの幼い<海>なら
このふたりの外見が全然違うのは良いんだ、むしろそれが良いんだなと思い直しました。

後半から終盤にかけてはなんだかフワフワして自分の中でうまく飲み込めません。咀嚼が足りない。
まさに煙の中で手探りを続けているような感覚です。
(少し上手いことを言ったと思っています)
最後に紙束をばさ〜っと放り投げるのは画的にとても美しいんですが、なんでそうするんだろう?みたいな…
なんとなく、煙になったのかな というか煙になることを受け入れたのかなって感じはするんですが。
最後はなんだか明るい感じで終わったけれど、心に残ったのはとてつもない孤独感でした。
この人は本当に孤独だったのだろうな。
人ってやっぱり人を求めるんだろうな。
だから<超>や<紅>という存在を作り上げたんじゃないかな
そんな風に感じました。

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曲が良かった。SMOKEカルテットの生演奏も素敵だった!
そして何よりお三方はとっても歌が上手い!知ってた!
こんな狭い空間で存分に歌声を堪能できるなんてすごく贅沢な時間だった……。
やっぱりミュージカルって、特にこういった物語をしっかり伝えないといけない作品って
表現力に加えて歌唱力も大事だな と改めて思いました。
歌に関して何の不安もなかったので物語を追うことに集中できました。
照明の演出は美しかったけど、映像演出は多すぎじゃないか?とちょっと思いました。ホントにあれ必要なのかな。

客席はステージを三方向から囲い込む形。これは席によって見えるもの感じるものが違うんだろうな〜!
でも鏡を使った演出などはやっぱり正面ブロックの、それも真ん中あたりからじゃないと見えないものがありそう。
いろんな席で観たかった。なにやら九劇版は三方向どころか四方向から囲い込むらしい?ので楽しみです。

そうそう、開演前のジングルがミュージカル「最終陳述」と同じだったのでなんだかワクワクしてしまいました!
未だに「最終陳述」の思い出に浸っているオタクなもので…。
同じアトラスだから?!それとも河谷さんだから?初演も同じだったのかな。
っていうか「最終陳述」も新キャストでシアターウエストでやってほしい…
いやダメやっぱりオリジナルキャストで九劇でまたやってほしい… !


今回は1回しか観劇しなかったので あと2、3回くらい観てじっくり考えたかった!と思うのですが
文字に起こさず頭の中で考え続けるのに耐えられなかったのでこうしてブログを書きました。
とんちんかんなことばっかり書いている気がします… もう1回観たらきっと全部書き直したくなりそう。
7月〜8月上演の九劇オリジナルキャスト版も観に行く予定なので楽しみです。
組み合わせがいっぱいあるの困ります。いっぱい観たくなるので笑
category:演劇・映画など | by:せみ | - | -